きみのなまえ

 ネイチャーガイドとしては当たり前なのかわからないけれど、私達のガイドをしてくれたデイブはとにかく自然に関する知識が豊富でした。カヤックを漕いでいて遠くで鳥の声がすれば、それがカンムリワシなのか何とかワシなのかカワセミなのか聞き分ける。そしてデイブが口笛で応えると、鳥も応える。鳥が応えて、デイブが応える。それは彼と野生の鳥が会話をしているようなとても不思議な光景で、ちょっと感動的ですらありました。ナウシカみたいじゃない?彼が一番得意なのは鳥。「とても楽しいから、ぜひバードウォッチングをやれやれ」と何度も言います☆そして次が蘭だそうで。蘭の名前の起源はtestisなんですって。生命の源、ということらしいよ。
 細い支流の行き止り、洞窟がある場所で上陸した私達でしたが、道に上った途端にデイブが何だか騒いでいます。何かと思ったら、珍しい野生の蘭の花が咲いている!!と言うのです。ランカウイでも珍しいこの蘭は、1週間しかその花びらを開かないのだとか。
          
「先週来た時にはまだ蕾だったから、昨日開いたに違いない!!」と大興奮して柵を乗り越え、土手に駆け寄って行くデイブ。彼が抑えきれないほど興奮している蘭は、こちらが拍子抜けするほど小さな小さな白い花でした。自分で見たら絶対見過ごすような慎ましさ。私、蘭て、実家に時々送られてきていたものすごく大きくてデコラティブで、威圧的でケバケバしい花というイメージしかなかったので、この野性の蘭の可憐さには心底驚きました。本当はこんな愛らしい花なんですね。この花は珍しいから、ガイドでさえ黙って盗んでしまう事があるのだとか。「クレイジーだろ?そんなこと絶対にしちゃいけないんだ。」とデイブは悲しい顔をしました。
蘭の他にもデイブはたくさんの花や植物の名前を教えてくれました。調べる時便利だから、と必ずラテン語の学名まで覚えているんです。すごいなあ。私達もラテン語は解剖実習の時覚えたけれど、もうきれいさっぱり忘れちゃったよ。「これが柊、これがソテツ・・そして(捨てられたゴミを指して)あれはダイエット・コーク・フラワーだね」って感じです。ちなみにその後自分で大笑い!こっちはそんな彼をみて苦笑い・・♪
小さい洞窟の中は真っ暗で天井も低そう。「何か見えるか?」とデイブに聞かれても私は何も見えません。じゃああっちをカメラで撮ってみろ、と言うのでよく分からずに暗闇にシャッターを切ったら
      
ぎゃーーーーーーコウモリだらけ!!!(黒い点々が全部そう。奥もそう!)
「今は眠っているからノープロブレム」と言われても、この光景はプロブレムでしょ。私が1秒でも早くそこを立ち去りたくなったのは言うまでもありません!道理で糞くさかったもん。あーもう2度と嫌です。

 他にも木々の間にいる鳥の名前を教えてくれたり、蝶の雌と雄の見分け方や、種子をつける形態の違いからソテツとイチジクの木の割合を見ることで森の年齢が分かることなども、デイブは教えてくれました。何だか彼の話を聞いていると、世界がまるで違って見えます。当たり前なんだけど、どの草も、木も、花も、鳥も、みんなそれぞれが違っていてそれぞれの役割を持ち、それぞれの名前を持っている。この事実に呆然としました。今までただ「あー小鳥がいるな」と思って終わっていたことも、「あーあの鳥がいるから、ここはあの実があるのかな」とか、ひとつの存在を知っているだけでもそこから考えが伸びやかに広がっていきます。間違いなく人生の滋味が増し、豊かになる気がします。
今まで一人前に生きているつもりでいたけれど、私はなんて何も知らないのだろう。この世界にはなんて、知りたいことが溢れているのだろう。そしてなんて、美しいことがたくさんあるのだろう。こんなに色々な生命があるなんて、なんて不思議なんだろう。
これはI君も同じ気持ちだったようで、私達はデイブに出会えたことを本当に感謝しました。彼と話してから、自分の小さな小さな身の回りしか見ないのではなく、もっともっと色んな知識を身につけたい!とずっと思うようになりました。それは今も続いています。本当は仕事の知識ももっと増やさないといけないんだけどね・・・

そんな訳で帰国してからも、私はとりあえずお花の事をもっと知りたい!と思っていました。片っ端から本を眺めていたらあまりに種類が多過ぎるので、デイブみたいに蘭に絞ってみようかと思いました。それで蘭の本を色々見ていたのですが、ふと、どうやら私は蘭はあんまり魅力を感じない、ということに気づきました。形や色がね、そこまで好きではないみたい。それで私が好きなお花、と思ったら、真っ先に浮かぶのは蓮でした。
           
そうやって私が手に入れた蓮の本たちです。まだまだ眺めているだけだけど、見ているだけでとっても幸せ。忙しいとつい目の前のことしか考えなくなるけれど、こうやって少しずつ自分の引き出しを増やしていくことは、とっても楽しいことだね!